東京高等裁判所 昭和24年(新を)1046号 判決 1950年7月06日
控訴人 被告人 金栄培
弁護人 宗宮信次
検察官 渡辺要関与
主文
原判決を破棄する。
本件を水戸地方裁判所下妻支部に差戻す。
理由
本件控訴の趣意は末尾に添附してある弁護人宗宮信次作成名義控訴趣意書と題する書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の如く判断する。
論旨第一点について。
原判決の証拠説明によると所論の通り「検察官の広瀬光男、堀江五男、堀江武男(武夫の誤りと認める)堀江孝、堀江義郎、堀江慶之助等に対する各供述調書と被告人に対する検察官の供述調書を引用しているが記録によると右広瀬光男以下六名及び被告人に対する検察事務官の供述調書はあるが検察官の供述調書というものはない。なお原審の公判調書によると検察官は右広瀬光男以下六名の検察官に対する供述調書を提出し裁判所はその証拠調をしたことになつている。右はいづれも検察事務官の供述調書とすべきを検察官の供述調書と誤記したものであるが右は単に誤記として看過する訳にゆかない。蓋し右誤記が検察事務官の供述調書を検察官の供述調書と誤記したことに基くものとすればそれは刑事訴訟法第三二一条第一項第二号と第三号に明らかな如く証拠力の乏しい証拠を証拠力の高い証拠と誤認引用したことになり若しその誤認がなかつたら或は引用しなかつたかも知れぬということがいい得るので判決に影響なしと断ずることはできない。故に原判決は正しい証拠理由を附せなかつたことになりこの点において破棄を免れない、論旨は理由がある。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)
控訴趣意書
第一点原判決は虚無の証拠を引用し判決に理由を附せざる違法があります。即ち原判決は「……同人に追付かれ逮捕されようとしたので其の逮捕を免れようとして上衣右ポケットに隠し持つて居た海軍ナイフを取り出し同人の背部に斬り付け因つて同人の左肩胛下部に全治五日間を要する切傷を負はしめたものである」と認定し、これを認定する証拠として被告人の検察官に対する供述調書及び広瀬光男、堀江五男、堀江武男、堀江孝堀江義郎、堀江慶之助の検察官に対する供述調書、医師竹森清の荒木実に対する診断書並びに押収の海軍ナイフの存在を摘示しています。しかしながら右判決に引用する検察官に対する供述調書なるものは記録上一つも無く記録に存するは悉く検察事務官に対する供述調書に過ぎない。然るに作成者が検察官であるか検察事務官であるかによつてその証拠の価値を異にする(刑訴三二一条参照)単に誤記又は「事務」の字の省略として看過し得べき事柄ではない。虚無の証拠を引用したもので理由不備の違法がある。
(その他の控訴趣意は省略する。)